ジュエリーはなぜ付けるのか?

ネクタイ
ジュエリーはなぜ付けるのか?
洋服や帽子、手袋、靴等の身につける装飾性のあるモノの中で、アクセサリーやジュエリーは全く実用性の無いモノで有るにもかかわらず、必要とされているモノであることを、「ジュエリーはなぜ着けるのか?」という問いで改めて認識した。
でも、昔、祖父が金の指環の印鑑をしていた記憶がある事と、磁気の入ったデザインされたオシャレなネックレスやブレスレットもあるので、全く実用性が無いとは言い切れないかも知れないが、、、
そう言えば、ネクタイも全く実用性が無い身に付けるモノの代表だけど、廃れる事無くビジネスマンの必需品となっているのは、いつも不思議に思う。でも、やはり着ける事で意味を見出だしているから無くならない。ノーネクタイスタイルもビジネスの中に浸透してきているとはいえ、まだまだネクタイ装着がビジネスマンのユニフォームとなっている。ネクタイを確りと締めた雰囲気、ネクタイの形、柄、色等で、自分で説明しなくても本人のセンスや意気込みを相手に表現できたり、気に入った柄、色のネクタイを締めるとその日の気分が変わるから、そう考えれば、モノとして物理的、実用的価値はないが、自分を表現する、気持ちを豊かにするのに必要なモノなのかもしれない。
これは、ジュエリーも同じで、身に付けることで、あの小さなモノが単なる装飾ファッションだけでなく、様々な意味や価値を見出だす事ができる。ネクタイと大きく違うところは、磨耗、劣化が少なく代々受け継いで使用出来る事。ネクタイは気をつけて使用していてもラーメンのスープが染み込んだり、色が褪せてくるので、親から子へ代々引き継いで、、、と言うのはあり得ませんね。
僕はずっと前から、日本の大人のビジネスマンがレオン、ウオモ等に出てくるモデルの様に、男性がビジネスシーンでも指環をする時代が来ると思っていたのですが、なかなか欧米のビジネスマンの様になりません。
日本のビジネスマン!  ネクタイに替えて個性的なリングを着けましょう❗、、、、と叫びたい。

 


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愛犬の後ろ足

ロキ

愛犬のボーダーコリーは、もうすぐ13歳。犬の一般的な平均寿命が12~15歳といわれているので、かなりの高齢だ。ここ1~2年で、フリスビーを投げても空中でのキャッチはやらなくなくなり、落下してからくわえる遊びに変化し、2本足で立って歩行する(大したことないかもしれないが、、、)得意芸もできなくなった。散歩して足は鍛えてあげているのに、やはり歳の様だ。そして、最近気付いたのが、散歩コースにある長い階段で、時々後ろ足を踏み外し、階段で両足を伸ばした状態で暫く立てなくなる事がある。

そして、ふと、思ったのだが、そもそも後ろ足を階段の幅に合わせて動かすのは、簡単な事ではない。自分で後ろ足を見ながら登っているのではないから、踏み外して当たり前。前足の歩幅ピッチに合わせて後ろ足を自然に動かしている4本足の動物の感覚の凄さに関心するのでした。

愛犬ボーダーコリーは、感覚も鈍ってきているのは確かだ。

そうだ、4月の誕生日には、名前を刻印したドッグタグでも製作してプレゼントしよう。


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ルージュの伝言

口紅

「ルージュの伝言」と言えば、松任谷由実。昨日の朝、テレビ番組で、松任谷由実の歌詞を創るテクニックに関する取材をしていた。「バ・ス・ルームで、ルージュの伝言・・・・🎶」 はお馴染みのフレーズで、今までに、もしかすると100回以上は聞いていて、間違いなくバスルームの鏡に、口紅で伝言を書いているシーンを頭に描いて聞いていた。おそらく殆どの人がそんなシーンを描いていたんじゃないかな~。

でも、実際には、そんな具体的なシーン表現の歌詞では無く、ただ「バスルーム」と、「ルージュ」と言うフランス語で「赤色」と言う言葉を並べただけ。そう、鏡に赤い口紅で書いている歌詞ではなく、勝手に聴いてる人がその様に想像しているだけだったんですね。

歌詞を創る時は極力具体的な行動シーンや気持ちの表現を避けて、聴いてる人に想像させる歌詞を心掛けているという内容だった。そこに、多くの人に共感されて、ヒットした秘密が隠されてたと聞くと納得である。

確かに伝える側が、勝手に全てを決めて提供するよりも、受け手側でその人なりの価値観を含めて想像させる余裕を持たせてあげる方が心地良いし、多くの人に違和感無く受け入れられるのは間違いない。

ジュエリーをデザイン製作しプロモーションしていくのも同じで、お客様なりの素晴らしい想いが込められる様に真剣に考えないと。。。と考えさせる数分間の番組でした。

昨日は一日中、ipadで流れる曲は松任谷由実。懐かしい曲ばかり。。。。。。です。


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想像させる写真

想像1 想像2

11月にハワイに行って写真を900枚くらい撮ってきた。 こんな量を撮ったのは初めてだ。

行った時はいつもワイキキ周辺の同じような場所で、似た様な写真を撮っているのだけど、建物の中のモノを撮った写真以外は、全て違って見える。 多分、自分が撮った時の、その時の空気感を感じてるからだろうか? 他人が見たら、同じに見えるんだと思う。

撮った写真は帰って来て、1枚づつゆっくり眺めるのも一つの楽しみだ。それに加えて、InstagramやブランドのHPで気に入った写真を掲示できる機会があるので、写真を 撮る事も見ることもついつい真剣になってしまう。

そんな中で不思議な写真が2枚あった。いつも人物を対象にした写真は撮らないのだけれど、何気なく風景を撮った先に、表情が見えない静止した人物がさり気無く写っていて、何故か眺めていると、そこにいる人について、色々な事を想像してしまう。「何をしているのだろう?」「どこから来た人だろう?」「誰と来たのだろう?」「通りががりでビーチチェアに座っただけなのかな?」「子供は女の子かな?」「幸せそうだな~」「気持ちよさそうだな~」、、、、等等、想像は広がる。

表情が判る写真や、歩いている様な動きのある人物の写真は、瞬間に把握して終わってしまうが、この2枚の写真は見る人に 語りかけて想像させる何かがある。僕だけがそう感じているだけなのかもしれないけれど。。。。

写真の面白さを最近知った素人のコメントでした。でも、この2枚いい写真だな。

 

 


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恋しい太陽

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本当に今年の夏の天気は異常ですね。本当であれば、まだまだ暑い暑いと言いながら、早く涼しくならないかなと思いつつ、そして夏にやり残した事を消化しながら、残暑を楽しんでいる時期である。それが、太陽の輝きと青空が消えてから数週間、既に気温は10月中旬並みで、まだこの天気が続くとの天気予報。どうなっているのだろう。。。。。

太陽から地球に降り注ぐエネルギーは、1cm2当たり2.0カロリー/分で、途中で大気や雲に反射されたり吸収されたりして、最終的に地上に届く太陽のエネルギーは0.4cal/分らしい。1分間に1㎡当たり4000カロリーになる(40ccの0度の水を沸騰させられるエネルギー)。改めて考えると莫大なエネルギーである。本来ならば、地上に到達していたはずのエネルギーが、今年は数週間も吸収されていないのだから、生態系に与える影響は大きい。可愛そうにセミも大声で鳴く機会を失って家の周りで死んでしまっている。また、野菜も高騰しているようだ。最後の最後のサマーバーゲンも寂しく終わってしまいました。何よりも、気持ちの高揚感が不足し、購買意欲も低下して経済に与える影響は大きいと思う。

せめて、こう言う時は、明るく輝くジュエリーを身に付けて過ごしましょうか!

早く、戻ってきてくれ太陽様。


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夏が来れば思い出す・・・

a0960_004825 a1750_000014(写真はイメージです。)

「夏がく~れば思い出す、、、、」

毎年、梅雨明けと共に、強烈な太陽の輝きと、熱気の中でこれでもかと力強く鳴くセミの声を聞くと、幼少時代の夏休みの光景がビデオの早送りをするように甦る。  海と山で遊んでいる景色だ。しかも、殆どが海。今でも海が大好きなのは幼少時代に過ごした環境が大きいのだろう。

母親の実家が長崎で、幼稚園、小学校時代、夏休みに入ると同時に、寝台特急「さくら号」(ブルートレイン)で東京から長崎まで帰省していた。そして、貯まりに貯まった夏休みの宿題をまとめて取りかからなきゃいけない時が、東京に戻る時期になる。そう、夏休みの殆どは長崎で過ごしていたことになる。稲佐山(福山雅治がライブ開催した場所)と言う山の麓が祖父の家だったので、山の中でも、道なき木々の中を歩き回り、秘密基地を作って遊んだ。

・・・と言うことで、幼少時代の記憶の殆どは「夏」の「海」、「山」の「自然」であり、今でも、自分のベースがその4つのキーワードから成り立っているような気がする。


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